2026年1月25日(日)
奈良県庁の公文書で「架空鐵索道臺帳」(かくうてっさくどうだいちょう)(以下「架空鉄索道台帳」)という書類が存在する。それは、かつて奈良県庁が受理したロープウエーの出願記録である。その書類に記載されている文字は、毛筆による手書きであるうえに行書体が含まれているので、読み取りに困難を伴う。したがって、奈良県立図書情報館がその書類を判読した記事(以下「図書情報館記事」)を投稿している(こちら)。乗り鉄にとって非常に役立つ情報であるが、疑問に感じる表記が散見される。疑問に感じる表記は、次のとおりである。
(1) 架空鉄索道台帳との相違
図書情報館記事では、架空鉄索道台帳における表記と異なる表記が存在し、次のとおりである。
各表記の読みについてはこちら。
架空鉄索道台帳自体においても、目次と本文で表記が異なる点が存在する。そのことが、ややこしさに拍車をかけている。
(2) 記述順序
前述の24件の設備について、図書情報館記事では、目次の並びと本文の並びが異なっている。次のとおりであり、記述内容以前の問題である。
【目次】①から㉔の順
【本文】①②⑪⑮④③⑥⑦⑧⑩⑭⑯⑱⑲⑤⑦⑨⑫⑬⑰⑳㉑㉒㉓㉔の順
特に、⑦については、2回掲載している。これは、後述の「明平商会」であるが、2回掲載していることが状況をややこしくしている。
(3) 明平商会
架空鉄索道台帳の目次では、「會社名」として「明平商會」と記載されている。しかし、本文では、「願人」(ねがいにん)の「名稱」(以下「名称」)4文字を「明平商店」と判読することができる。いずれかが誤記であると推察される。
奈良県庁の公文書で「索道ノ延長貨物及賃金」という標題の書類が存在する(こちら)。その書類では、「明平商會」と記述している。したがって、目次の「明平商會」が正しく、本文の「明平商店」が誤記であると推察される。
図書情報館記事では、目次では「明平商会」としているが、本文については、「明平商会」と「昭平西ノ谷」という名称によって2か所において同一本文を掲載している。2通りの名称を示していること自体理解不能であるが、とりあえず問題視しないこととする。諸悪の根源は、「昭平西ノ谷」である。
この名称が記載されている欄は、企業名、団体名、あるいは個人名などが記載されている。他の物件を見れば一目瞭然である。しかし、「昭平西ノ谷」という名称は、そのいずれでもなく地名であるかのような印象を受ける。担当者は、原本を「昭平西ノ谷」と判読したとしても、その名称に不自然さを感じなかったのであろうか。
下図は、担当者の判読を推察したものである。
そもそも、この台帳の目次には、「明平商會」と記載されていて、それは判読容易なのである。したがって、仮に本文の文字が達筆すぎて判読困難であったとしても、単純に「明平商会」と記載すればすむ話である。
(4) 北山(きたやま)索道
図書情報館記事では、低位側の地名を「大字中井浦字板橋」と判読している。しかし、「大字中井浦」(おおあざなかいうら)に、「板橋」という小字(こあざ)は存在しない。架空鉄索道台帳では、小字に該当する文字は判読困難である。三重大学が発行した資料「序章 尾驚林業の概要」において、低位側の地名を「坂場」(さかば)と表記している。「坂場」は、「大字中井浦」に属する小字である。すなわち、架空鉄索道台帳の2文字は、「板橋」ではなく「坂場」であると推察される。したがって、図書情報館記事における「板橋」という判読は、誤認である。
また、図書情報館記事では、低位側の駅名を「何枚田」(なんまいだ)と表記している。「明治44年測図 昭和6年要部修正図」に記載されている地名を読み取って低位側の駅名と断じていると推察される。しかし、「何枚田」も「大字中井浦」に属する小字である。すなわち、「坂場」と「何枚田」は別地名である。したがって、「坂場」という小字に存在する駅の駅名を「「何枚田」であると断じることは、やや飛躍していると感じられる。
(5) 坂下(さかげ)索道
図書情報館記事とは別であるが、関連情報として「23☆尾鷲索道(2).pdf」というファイルを公開している(こちら)。そのファイルにおいて、設備の名称を「坂下索道」と表記しているが、誤認であると推察される。正しくは、「柳ノ谷(りゅうのたに)索道」(または「丸三(まるさん)索道組」)である。
また、その「23☆尾鷲索道(2).pdf」というファイルにおいて、起点の地名を「柳ヶ谷」と表記しているが、誤認であると推察される。正しくは、「柳ノ谷」である。
(6) 丸三索道組
図書情報館記事においては、丸三索道組についても尾鷲索道についても、起点の地名を「柳ケ谷」と表記しているが、誤認であると推察される。正しくは、「柳ノ谷」である。
(7) 尾鷲索道
図書情報館記事においては、表中の「柳之谷索道」について、文中に「上北山村(かみきたやまむら)に初めて出現したロープウエーである」という主旨の記述が存在する。その記述において「初めて」と表記すべきところを「始めて」と表記しているが、誤植である。
なお、「白川又索道」に関する記述においても、「初めて」と表記すべきところを「始めて」と表記している。
「始めて」と書くべきところを「初めて」と書いてしまった事例を目にしたことは無いが、「初めて」と書くべきところを「始めて」と書いてしまった事例については目にすることが多い。「最初に」という表現と置き換えてみて意味が変わらなければ、「初めて」が正しく、「開始して」という表現と置き換えてみて意味が変わらなければ、「始めて」が正しいのである。
「初めて」は、これだけでひとつの単語であり、品詞は副詞である。
昭和の歌謡曲で「銀座の恋の物語」(作詞:大高ひさを)という曲がある。その歌詞に「若い二人が 始めて逢った」という表現がある。この曲の歌詞がテレビに表示される際には、「初めて」ではなく「始めて」と表記される。国語教育のためにも「初めて」と表記してほしいところであるが、著作権の関係で、著作者に無断で変更するわけにはいかないのである。
(8) 弓手原(ゆみてはら)索道
架空鉄索道台帳の本文において、「經過地」(経過地)として「和歌山県野迫川村辻ノ茶屋」という文字列を判読することができる。もしその判読が正しいと仮定すると、「野迫川村」は誤認であり、正しくは「花園村」である。
なお、「野迫川村」は、和歌山県ではなく奈良県に存在する。
(9) 大峯(おおみね)索道
架空鉄索道台帳の本文において、「經過地」(経過地)として「下市町大字阿知賀」という文字列を判読することができる。しかし、図書情報館記事では経過地として「阿知賀」ではなく「阿智賀」と表記している。「下市町」の大字として「阿知賀」は存在するが「阿智賀」は存在しない。したがって、図書情報館記事における「阿智賀」は誤植である。但し、地名としては「阿知賀」であっても、駅名としては「阿智賀」を採用していたという可能性は残る。
また、同様に、架空鉄索道台帳の本文において、「終点」として「南葛城郡葛村」と記載されていて大字(おおあざ)が記載されていない。しかし、図書情報館記事では、終点を「南葛城郡葛村」ではなく「南葛古瀬」と表記している。葛村に「古瀬」という大字が存在するので、そこを示していると推察される。架空鉄索道台帳以外の情報源をもとに断じているものと推察されるが、記事の性格上、「南葛古瀬」ではなく「南葛城郡葛村古瀬」と表記すべきである。但し、地名としては「古瀬」であっても、駅名としては「南葛古瀬」を採用していたという可能性は残る。
(10) 安全索道商会研究試験場
この施設に関する図書情報館記事において、「奈良市奈良坂に」という記述が存在する。「奈良市奈良坂(ならざか)」とは、地名ではなく坂の名称である。したがって、「奈良市奈良坂に」という記述は、「奈良市奈良坂の近くに」という主旨であると推察される。なお、現在の地名として「奈良市奈良阪町」(ならざかちょう)が存在するので、かつて「奈良坂村」が存在したのかもしれない。しかし、架空鉄索道台帳では、起点も終点も「佐保村大字法連小字東畑」と記載されている(【佐保村】さほむら)。これは、現在の「奈良市法蓮町(ほうれんちょう)」に属すると推察される。したがって、そのことからも「奈良市奈良阪町」に存在したとは考え難い。
なお、図書情報館記事では、「奈良市奈良坂村に」という記述も存在する。もし「奈良坂村」が存在したのであれば、それは「奈良市」発足前のことであると推察されるので、「奈良市奈良坂村」という行政区分が存在したとは信じがたい。
(11) 大阪荷箱材料
この業者のロープウエーは2路線存在し、そのうちのひとつについて架空鉄索道台帳に記録が存在する。その記録では、起点も終点も「天川村大字中越」である。「延長」(軌道長の意)は、「五哩六分」(ごマイルろくぶ)である。「五哩六分」は、約9kmである。しかし、「天川村大字中越」に属する土地は、端から端まで最も長い区間でもせいぜい1kmくらいである。「延長」が約9kmということは、経路がかなり屈曲していることになる。せいぜい1kmくらいのところを、屈曲して約9kmにしているというのは信じがたい。なぜならば、ロープウエーというものは、さまざまな障害物の上空を越えて短絡することが最大の利点だからである。
したがって、起点、終点、延長の少なくともいずれかが誤記であると推察される。
(12) 羽根増治郎他十名
この業者に関する図書情報館記事においては、起点の地名を「天川村大字洞川字一口橋」としている。しかし、架空鉄索道台帳を観察すると、「橋」ではなく「檜」という文字に見える。
架空鉄索道台帳、図書情報館記事、およびその関連情報(「23☆尾鷲索道(2).pdf」)は、公文書である。日本の地方自治がこのようなことでよいのであろうか。本件について、奈良県立図書情報館に質問したいと考えたのだが、奈良県立図書情報館のホームページにおいて、問い合わせフォームもメールアドレスも見つけることができない。奈良県庁のホームページについても、問い合わせフォームもメールアドレスも見つけることができない。奈良県庁(特に奈良県立図書情報館)の関係者が本記事を目撃したら、奈良県立図書情報館のホームページ(こちら)を確認していただきたい。