郷愁の極み!スポーツ観戦の想い出

2019年11月14日(木)


    よく観るスポーツについて想いをはせてみた。

(1)  大相撲
    私が小学生の時に、我が家にテレビが設置された。その時から長きに亘って相撲中継を観続けた。初代若乃花から始まり、大鵬、輪島、千代の富士、二代目貴乃花と続いた。
    就職するまでは大相撲の生中継を欠かさず観た。就職後も休日は必ず生中継を観た。
    連れ合いは、
大相撲に全く興味が無かったのだが、次第に引き込まれていった。貴乃花がまだ小学生であった頃、私たち家族は東京都中野区民であった。一方、貴乃花の父親がひきいていた藤島部屋も中野区に存在した。我が子を中野駅そばの東京アスレチッククラブの水泳教室に通わせていたら、花田光司(こうじ)も同じ教室に通っていた。私は、花田光司(こうじ)を目撃したことはないのだが、連れ合いは目撃したことがあり、体つきが一回り大きかったと言っていた。その花田光司(こうじ)がのちの横綱貴乃花である。私たち夫婦は当然のことのように若貴ファンとなり、連れ合いは毎日生中継を観るほどまでになった。おっつけがどうの、立ち合いがどうのと解説者並みの説明をするようになった。
    しかし、貴乃花が引退してからは私達は相撲中継を観なくなった。
    現在は、暇をもて余すこともあり、再び相撲中継を観るようになった。

(2)  プロ野球
    私の親も兄も野球中継を観ることはなかった。したがって、私も野球には全く興味が無かった。球団名も巨人と西鉄くらいしか知らなかった。
    そんな私が野球ファンになったきっかけは江川事件である。今後この男はどうなるのだろうという気持ちになり、江川が巨人に入団してから巨人戦の中継を観るようになり、巨人ファンになった。プロ野球中継を観戦し、NHKの21時のニュースで再確認したのち、23時台のプロ野球ニュースも観ていた。
    連れ合いも野球には全く興味無かったのだが、私と一緒に観ているうちにのめりこんでいき、解説者並みの説明をするようになった。私が小学生だった頃、子どもの好きなものとして「巨人、大鵬、玉子焼き」ということばが流行した。連れ合いの場合は、「巨人、キムタク、貴乃花
」である。
    江川と西本が敵を封じ、原と中畑が得点を挙げた。その後、松井や清原が人気を牽引(けんいん)した。松井がホームランを放つと連れ合いが「よーし」という歓声を発した。
    しかし、松井が退団し清原が退団してからは、野球人気が衰退し、私達も野球中継を観なくなった。

(3)  プロレス
    私が子供の頃、プロレス人気が席巻(せっけん)していた。力道山が率いる日本プロレスの活躍に多くのファンが(いや国民が)熱狂した。力道山が他界したのちは、全日本プロレスのジャイアント馬場、新日本プロレスのアントニオ猪木、国際プロレスのストロング小林が業界を牽引(けんいん)した。
    その後、プロレスは衰退したが、新たに真剣勝負の格闘技として、K-1や総合格闘技が登場した。連れ合いは、こちらのほうが気に入っていて、ひとりでも観戦している。

(4)  ボクシング
    これも連れ合いのお気に入りで、テレビ中継の観戦は最優先事項である。乱打戦になると、連れ合いの「行け、行け、行けぇ」という叫び声が響きわたることになる。
    私は付き合いで観る程度である。

(5)  マラソン
    福岡国際マラソンにおける宇佐美くらいからのめりこむようになり、スタートからゴールまで観戦した。その後もマラソン中継を観続けたが、欠かさず観たのは高橋尚子あたりまでであろうか。現在は中継を観ることはなくなった。

(6)  駅伝
    箱根駅伝において、山梨学院大学の中村祐二がふらふらになりながら走り続けたが襷(たすき)を繋ぐことができなかったことに目を奪われ、それ以来毎年観戦するようになった。
    箱根駅伝以外は観戦するほどではない。

(7)  バレーボール
 男子バレーもいいのだが、何となく女子バレーのほうに関心が強い。私の世代には、どうしても「東洋の魔女」の印象が強いのである。

(8)  フィギュアスケート
 伊藤みどり、荒川静香、そして浅田真央ときて日本のフィギュアスケート人気はピークに達したと言えよう。浅田真央がシニアデビューしてから引退するまで、私達はテレビ中継を欠かさず観戦した。

(9)  卓球
 改めて説明する必要もないが、何と言っても福原愛の功績が大きい。私は、福原愛に国民栄誉賞を授与するよう首相官邸に要請した。詳細はこちら。